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わたしが「スピリチュアル」と「アート」の世界で生きる理由

  • 執筆者の写真: Marina Amano
    Marina Amano
  • 2025年12月16日
  • 読了時間: 5分

更新日:2025年12月18日


今日は、私がスピリチュアルを学ぶ中で、なぜ最終的に「アート」という表現に行き着いたのかについて、少し深く書いてみようと思います。


スピリチュアルの世界には、実にさまざまな生き方があります。


  • ヨガインストラクター、カウンセラー

  • 引き寄せやスピリチュアルノウハウを伝える講師

  • 量子力学や身体論と結びつけた鍼治療家、

  • 周波数を意識した音楽制作をしている人


同じ「スピリチュアル」という言葉を使っていても、

その表現方法や分野は本当に多様です。


そんな中で、私が導かれたのは「アート」という世界でした。




そもそも「スピリチュアルアート」とは何なのか。



そして、なぜ私がここに辿り着いたのか。


自分自身の整理も込めて、今日は記録として残しておきたいと思います。



「スピリチュアル」という言葉の本来の意味



まず、「スピリチュアル」という言葉そのものについて。


スピリチュアルは、ラテン語の spiritus に由来し、魂・精神・霊魂を意味する言葉です。もともとはキリスト教をはじめとする宗教的文脈で使われてきました。


つまり、スピリチュアルは最初から「ふわふわしたもの」でも「怪しいもの」でもなく、信仰や精神性と深く結びついた概念なのです。


その後、1970年代のアメリカで「ニューエイジ」と呼ばれる精神世界の思想が広がります。

既存の宗教の枠を超え、より「自由で個人的な精神世界」の探求へ。

この流れを受け継いだものが、私たちが今使っている「スピリチュアル」という言葉の正体です。


日本人にとってのスピリチュアルは、「怪しさ」「一部の限られた人たちのもの」「近寄りがたいもの」と敬遠されてきた時代もありました。


平成の時代では、「カルト宗教」「霊媒商法」の言葉も相まって、「オーラの泉」のようなテレビ番組がゴールデンの時間帯で放映されつつも、スピリチュアルにまとわりつくよくないイメージを、超えられなかった壁を感じます。


消費的に、スピリチュアルが扱われていた点も強いのかもしれません。



アートとスピリチュアルは、もともと近い存在



では、アートの世界ではスピリチュアルはどんな立ち位置だったのでしょうか。


音楽家や画家がよく使う言葉に、「降りてきた」「インスピレーションが湧いた」という表現がありますよね。

これは、とてもスピリチュアルな感覚だと思います。


アートはそもそも、内面・精神性・無意識の世界を表現するもの






たとえ風景画や写実画であっても、そこには必ず制作者の内面が映し出されています。


私たちが美術館で「この画家は、なぜこんな描き方をしたのだろう?」と感じるのも、そのためです。


アートとスピリチュアルは、


  • 目に見えない感覚を大切にする

  • 内的世界を扱う

  • 言葉にならないものを表現する


という点で、とても近い領域にあると、私は感じています。



美術史の中で、長く無視されてきた「スピリチュアルアート」


調べていく中で、興味深い事実にも出会いました。


西洋美術史では、精神世界を正面から扱う作品や作家は、長く主流から外されてきたという歴史があります。


たとえば、抽象画家で神秘主義者のヒルマ・アフ・クリント。

彼女の作品は現在では高く評価されていますが、長い間「珍奇なもの」「美術史の周縁」に追いやられ

てきました。


スピリチュアルアートってなに? タブー視された女性作家たちが残した功績」



当時の芸術界では、


理性・秩序・知性=男性的

感情・直感・霊性=女性的


といった価値観が根強く、

精神世界をテーマにする女性芸術家は「奇人」として扱われることも少なくなかったそうです。



1930年代に精神世界に傾倒して結成されたアーティストグループ(トランセンデンタル・ペインティング・グループ)で活動していたアグネス・ペルトンの作品がMoMAに収蔵されたのが、2023年だったという事実は、この分野がいかに長く評価されてこなかったかを物語っています。



それでも今、スピリチュアルアートが立ち上がってきている


私の中で、「スピリチュアル」と「アート」は

非常に親和性の高い世界です。




そして、この二つには共通点があると感じています。


① 無意識や内的世界の表現であること

② 目に見えない感覚を大切にしていること

③ 高尚で、特別な人だけのものだと誤解されてきたこと


①②については、時代の流れとともに、ようやく再評価され始めている印象があります。


③については、私はずっと違和感を感じてきました。



スピリチュアルもアート(芸術)も、本来はもっと自然で、日常的なもの。



岡本太郎さんの有名な言葉があります。


「芸術なんて、道ばたに転がっている石ころと等価値だ」


この言葉が、私はとても好きです。



何者でもなかった私が、スピリチュアルアートを描く意味



これまで、アートの世界で生きてきたわけでもない私が、2025年になって、スピリチュアルアートを描いている。


その意味が、自分自身で、ようやく腑に落ちてきました。



アートもスピリチュアルも、特別な人だけのものではない。高尚で遠い世界の話でもない。


すべては自然の中にあり、日々の生活の延長線上にあるもの。




「何者でもない、超一般人」の私がこの2つのジャンルで生きていこうとすること自体が、

スピリチュアルもアートも本当はとても自然なものなんだという証明になるのだと思っています。


だから私は、スピリチュアルアーティストとして活動しています。



本日も読んでいただき、ありがとうございました。



Marina Amano



▼自己紹介


天野マリナ/スピリチュアルアーティスト

・1991年生まれ

・京都の芸術大学卒業後、テレビ制作ディレクターやSNSマーケターとしてキャリアを積む

・2024年:どん底の経験からスピリチュアルの学びを深め、魂の使命に目覚める

その後、創造性と直感を結びつけた作品制作を開始

現在は日本を拠点に、

スピリチュアルアートの創作とカウンセリングを行いながら、

ニューヨークとのご縁も拡げ、日本・ニューヨークの2拠点での活動に向け準備中です。





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